今日のブログは
絶望の話です。
芸能人の自死の訃報が続いておりますが
おそらく芸能人だから報道をだいたい的に取り上げられているだけであって
コロナの影響で
今年の自死の件数はかなり増加すると思われます。
死のうと思って実際に行動にスッと移してしまうような衝動的な自殺を
なかなか防ぐのは実に難しいです。
(行政機関の相談窓口だけで救えるなら年間2万人も自殺してないです)
また家族や周囲の友達が
何か気づいてやれるというのは
そんなに簡単なことではないし、
そういうセリフはとても残酷なセリフです。
それでもめちゃくちゃ健康な人が
自殺について一度も考えたことがない人が
よし死ぬか!
とある日突然、選ぶことは稀です。
これは私の個人的な考え方ですが
自死という選択をする人は
日常的に死に対して安らぎに
近い感情を持っているのではないか?と思っています。
(人によってはめんどくさかったら最後、死んじゃえばいいや・・・と心のどこかで思っている人もいます。
これは逆にストレスが過度にかかった時の一種の心理的な負荷を軽減しているんじゃないかと思っています)
安らぎというか
残酷な魅惑というか
そんなことは危険だと、
周囲を悲しませるだけだと、
そんな選択をするべきじゃないと心の中では分かっていても
漠然と生きているのが辛いなという時期のようなものが必ず存在すると思っています。
「自分はなんのために生きているのか」「自分の人生って一体なんだったのか?」
という思いにかられている時期があろうだろうと思っています。
(その時期が短い人もいます)
自死の選択をする前段階に
うっすらとした絶望が存在している
と思っています。
自分ではそれが絶望かどうかは分からないような
無気力さです。
この無気力さがなかなか厄介で
●目に見えて本人から生気が感じられない人
…少しづつ仕事を遅刻することが増える、仕事でミスが増えるなど周囲から「最近、元気ないね?」と
思われる人
●見た目じゃまったく分からない人
…心の中では「こんな毎日、同じ繰り返し辛い。自分はなんのために生きているのか」と思っているのに
体をロボットのように動かしている人。
精密機械のようにミスすることはなく、生きるのが辛いと思っていても普通に生活している人
●高い達成感からの無気力さ
…何かずっと目標を持っていてその目標が達成された際に無気力が訪れる。燃え尽き症候群とも言う。
どれが厄介か?と聞かれたら
どれも厄介だわよ
と答えます。
絶望の終着点は
「もう何も考えたくない」
だと個人的に思っています。
ずっと絶望を抱えて生活するのは限界があります。
おかしな表現になりますけど…
絶望を抱えたまま毎日、生活していくうちに
あと何十年、こんなに苦しまなくてはいけないんだろうか。
そんな到底、耐えられない!
という絶望の第二波があるだろうと思います。
死にたくなるような絶望を感じている人にとって
「終わりにしたい」「楽になりたい」というのは
自死を選ぶことによって
ちょっとした最後に感じる安らかな心理状態になってしまっているんだろうなと思います。
(推奨はまったくしませんけどね)
生きる気力がない、何も考えたくない人にとって
ぶっちゃけ行政機関の相談電話も、ましてや友人に相談するなどということも
ハードルが高いです。
だってそれすらも「めんどくさい状態」ですから。
でも学校の授業かなんかで
「命の大切さ」を学ぶ機会はいくらでもありましたが、
こういった
死にたくなった時の心理状態を
勉強する機会はまったくありませんよね?
「死にたくなったら相談電話をかけましょう」という訴えはとても大切ですが、
それすらもめんどくさい死にたい一歩手前の人はその気力さえないと思うんです。
もう少し心理的な状態をかんがみて・・・・
漠然とした無気力状態が
1週間以上続いたら、それは危険なサインです。
行政機関に相談しましょう
みたいな取り組みにした方がいいんじゃないかな〜〜〜と思っています。
それかもう少し死ぬ前の心理状態をどこかの授業で学べるようにした方がいいです。
「こういう心理状態になっていたらこの授業を思い出して、一人で苦しんでないできちんと行政機関に相談してね」
みたいな感じの授業をやればいいのに・・・
今日のブログはそんな感じでおしまいです。
それではまた〜〜
スポンサーリンク

