2020年11月18日

鬼滅の刃の魅力とは?少年誌の魅力が詰まった物語と最近のチート系ラノベに飽きてたのもあるよね〜

こんにちはかのんです。


今日は鬼滅の刃の魅了についてです、



これね(-_-)
たぶんたくさんのサイトで
たくさんの人がたくさんの視点から
たくさん魅力について語っていると思うけど。


まず第一に
これを言っちまったらおしまいかもしれないけど

何をどー考えても






アニメの功績は
大きかった



と思います。




石とか投げつけられるかもしれないけど(やめてー!)





漫画だけでこんなにヒットしたか
どうかはちょっと疑問です。



(原作から大好きで、みんな!これ面白いから読んで!
と言って邪険にされた人いっぱいいるっしょ?
その恨み。忘れるでないぞ。みな仲間だぞ。)



アニメの映像美が凄まじく良かった。


(だからさ深夜枠でもどーにかして
アニメにしようと思った集英社の先見の明があったのよ。
さすが集英社さま。)



もちろん映像がいくらすごくっても物語がカスならアニメもカスです。


だから次の良かったのは

分かりやすいストーリーだよ





週刊少年ジャンプの良いところは
物語が単純で分かりやすいんだよ



(一方最近のラノベはどんどん複雑化しているような気がする。
魔法化高校の劣等生とかアニメは見てるけど、原作小説は壁に向かって投げた。
魔法の仕組みが難解すぎて意味分からん。)



ワンピースは今はちょっと物語の後半ということもあって
登場人物もストーリーも複雑になっちまったけど、
序盤は本当に分かりやすいストーリー展開だったし、
ブリーチもナルトも


ストーリーが単純で分かりやすいのは
大人から子どもまでウケがいいよね





鬼がいて
家族を殺されて鬼にされてしまった妹を人間に戻すって




童話にあっても
よさそうなぐらいのあらすじだよね





あとは
少年誌の魅力が
つまった作品でもあるということ




【少年誌の魅力となるキーワード】※めっちゃ個人調べ

●刀を武器に使う、もしくは刀を使うキャラがいる
…ワンピース、ブリーチ、青のエクソシスト、

●代々引き継がてる血筋の話、
血族の話になり父親が物語に関わってくるパターンもめちゃ人気、というか少年誌にこの設定多いよね
…幽遊白書、ブリーチ、ドラゴンボール、青のエクソシスト、ワンピース、鋼の錬金術師などなど


●技が兎に角カッコいい!技名がステキ!




あとはブログ記事タイトルにもある通り


昨今のチート系ラノベに飽き飽きしていた感も
鬼滅の刃の魅力を加速させたかもしれないな〜と思います。





最初からレベルマックスとか転生した魔王とか
そんなんばっかじゃない?最近のラノベ…アニメでもそう。

チート系アニメに飽きてしった大人層にとって



鬼滅の刃の主人公
竈門炭治郎の魅力は尊いよね。





修業して修業してギリギリで勝って、
ボロボロに負けて助け出されたり、



人の試練に立ち向かう強さと弱さが
こんなにも胸を締め付けられるとは




という感じしないですか?

(あと作者が女性ということが関係あるのかもしれませんが…
心理描写の表現が独特に感じました。自問自答というか。
自分を責めては奮い立たせるという心情
カッコいい漫画で絵でつたえる男性漫画家は多いですが
こんなにも「文章」でつたえてくる漫画家さんいたかな〜〜と思ったり。)



まぁ物凄く個人的な感想なんですけど…



チート系ラノベではすっかり見なくなってしまった
主人公の成長物語が感動を呼んだ。。。




と私は思いました。



【鬼滅の刃の魅力まとめ】※勝手に個人調べ

●アニメの映像美
●物語の分かりやすさ
●少年誌の魅力(実は王道なことやってるんだよね)
●主人公の強さと弱さ
●文章で伝えてくる心理描写
●ラノベにはないまだまだ未熟な主人公の成長物語

かな〜〜〜
(異論は両手を広げて引き受けます。)



ではそんな感じです。
うんじゃまた〜〜〜♪








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posted by 篠崎 かのん at 12:44 | Comment(0) | 話題の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月30日

絶望から自死へ。生きる気力は突然、なくなるのか?

こんにちは かのんです。

今日のブログは
絶望の話です。


芸能人の自死の訃報が続いておりますが
おそらく芸能人だから報道をだいたい的に取り上げられているだけであって

コロナの影響で
今年の自死の件数はかなり増加すると思われます。



死のうと思って実際に行動にスッと移してしまうような衝動的な自殺を
なかなか防ぐのは実に難しいです。
(行政機関の相談窓口だけで救えるなら年間2万人も自殺してないです)


また家族や周囲の友達が
何か気づいてやれる
というのは
そんなに簡単なことではないし、



そういうセリフはとても残酷なセリフです。



それでもめちゃくちゃ健康な人が
自殺について一度も考えたことがない人が
よし死ぬか!
とある日突然、選ぶことは稀です。



これは私の個人的な考え方ですが


自死という選択をする人は
日常的に死に対して安らぎに
近い感情を持っているのではないか?
と思っています。


(人によってはめんどくさかったら最後、死んじゃえばいいや・・・と心のどこかで思っている人もいます。
これは逆にストレスが過度にかかった時の一種の心理的な負荷を軽減しているんじゃないかと思っています)


安らぎというか
残酷な魅惑というか
そんなことは危険だと、
周囲を悲しませるだけだと、
そんな選択をするべきじゃないと心の中では分かっていても




漠然と生きているのが辛いなという時期のようなものが必ず存在すると思っています。

「自分はなんのために生きているのか」「自分の人生って一体なんだったのか?」

という思いにかられている時期があろうだろうと思っています。
(その時期が短い人もいます)


自死の選択をする前段階に
うっすらとした絶望が存在している
と思っています。



自分ではそれが絶望かどうかは分からないような
無気力さです。


この無気力さがなかなか厄介で


●目に見えて本人から生気が感じられない人
…少しづつ仕事を遅刻することが増える、仕事でミスが増えるなど周囲から「最近、元気ないね?」と
思われる人


●見た目じゃまったく分からない人
…心の中では「こんな毎日、同じ繰り返し辛い。自分はなんのために生きているのか」と思っているのに
体をロボットのように動かしている人
精密機械のようにミスすることはなく、生きるのが辛いと思っていても普通に生活している人


●高い達成感からの無気力さ
…何かずっと目標を持っていてその目標が達成された際に無気力が訪れる。燃え尽き症候群とも言う。





どれが厄介か?と聞かれたら



どれも厄介だわよ



と答えます。



絶望の終着点は

「もう何も考えたくない」

だと個人的に思っています。




ずっと絶望を抱えて生活するのは限界があります。

おかしな表現になりますけど…

絶望を抱えたまま毎日、生活していくうちに




あと何十年、こんなに苦しまなくてはいけないんだろうか。

そんな到底、耐えられない!





という絶望の第二波があるだろうと思います。



死にたくなるような絶望を感じている人にとって
「終わりにしたい」「楽になりたい」というのは
自死を選ぶことによって
ちょっとした最後に感じる安らかな心理状態になってしまっているんだろうなと思います。
(推奨はまったくしませんけどね)




生きる気力がない、何も考えたくない人にとって
ぶっちゃけ行政機関の相談電話も、ましてや友人に相談するなどということも
ハードルが高いです。



だってそれすらも「めんどくさい状態」ですから。



でも学校の授業かなんかで
「命の大切さ」を学ぶ機会はいくらでもありましたが、




こういった




死にたくなった時の心理状態を
勉強する機会はまったくありませんよね?





「死にたくなったら相談電話をかけましょう」という訴えはとても大切ですが、

それすらもめんどくさい死にたい一歩手前の人はその気力さえないと思うんです。




もう少し心理的な状態をかんがみて・・・・


漠然とした無気力状態が
1週間以上続いたら、それは危険なサインです。
行政機関に相談しましょう


みたいな取り組みにした方がいいんじゃないかな〜〜〜と思っています。


それかもう少し死ぬ前の心理状態をどこかの授業で学べるようにした方がいいです。

「こういう心理状態になっていたらこの授業を思い出して、一人で苦しんでないできちんと行政機関に相談してね」

みたいな感じの授業をやればいいのに・・・



今日のブログはそんな感じでおしまいです。
それではまた〜〜



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タグ:自死 無気力
posted by 篠崎 かのん at 10:16 | Comment(0) | 真面目の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

一斉休校に意味はあるのか?

こんにちは かのんです。

一斉休校についてのお話です。

学校を一斉に休んだところで

満員電車に揺られながら会社に行っている働いている人がいるのに


まったくの無意味!


という意見があるもの重々、承知ですが…



私は意味があると思っている一人です。



こういう時は
働いている人が優先になるのは当たりまえ。
だと思っております(だから保育園は通常でOKだと思う。)



働いている人も仕事を辞めるような事態になれば

本当の緊急事態です。
大きな災害級レベルだと思うんですよね




会社の倒産やリストラ、
それによる銀行が回収できないような借金や自殺リスクを減らし、
失業者を増やさないためにも


経済はとめちゃダメだと思うのです。





それに学校で感染者が出れば…

特定できる濃厚接触者を
膨大に増やすことになります。




満員電車での感染者の接触者は特定できないので
検査対象になることはまずないと思うのですが




学校でたった一人の感染者が出てからはでは
もう遅いのです。




1000人規模の学校の全生徒と一緒に住んでいた家族を全員検査するなんて

そんなんが全国の小、中、高のあちこちで多発していたら

すぐに医療崩壊しちゃいます





一斉休校になって…

「休みになった若者が外で遊んでるじゃないか!」とか
「子供ばかりが我慢して高齢者は遊びに出かけているじゃないか!」とか
「卒業式を奪い、友達との最後の思い出づくりを奪われた!!」とか






そんな
小さな話してて
どーすんでしょうか?




「休みになった若者が外で遊んでるじゃないか!」

→例え感染したとしても、学校が休校になっているので、
ウイルスを学校に持ち込むことはなく、大勢の濃厚接触者を作りだすリスクは軽減さいれてます。




「子供ばかりが我慢して、高齢者は遊びに出かけているじゃないか!」

→高齢者の外出も控えて欲しいですが、それでも高齢者一人の活動範囲より、
子どもが通う学校の方が規模が大きく、学校からまたそれぞれの家庭にウイルスを持って帰るといった
「枝分かれに広がっていく」この「枝」の部分が一斉休校することによって縮小されているのです。



「卒業式を奪い、友達との最後の思い出づくりを奪われた!!」


→ではあなたが感染者になった場合に
「あいつのせいで思い出を奪われた」
「卒業式を台無しにされた」という
未来の方がマシだったと思うのでしょうか?





一斉休校になって…子供のストレスがぁとか仕事している人がいるんだから意味ないでしょ!とか
高齢者が外でうろついているのに子供だけ我慢がおかしいとか、卒業式やりたい!とか

ほんとわりとでーでもいいよっと思っちゃいます。


全世界がこのウイルスに翻弄されている現状です。



自分のことばかり考えてないで
今、自分に出来ることを
ひとりひとり、やっていきませんか?

と思うのです。



私はというと子どもたちとの引きこもり生活。
1週間が経ちました。
子どもたち二人は一度も外に出てません

(何度もいいますが経済活動優先です。
お子さんを保育園に預けたり、学童に預けたりするのは優先される事項です。
みんながみんな今回のウイルスで会社をお休みできる環境にはないのですから。)

ラジオ体操したり、ストレッチしたり、みんなでゲームしたり、おやつ作ったり、
工夫しながらみんなで乗り切れるとよいなと思います。


それではまた〜♪






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posted by 篠崎 かのん at 10:28 | Comment(0) | 真面目の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする